腸管組織の役割と侵襲による変化

toraemonさんによる写真ACからの写真

腸管上皮の表面積は約32m2で、バドミントンコートの半分程度と言われており、その腔内には約40兆の細菌細胞が存在しています。
腸管には生体のおよそ80%のリンパ球が存在しており、通常状態ではすべては互いに作用しあい,生体の恒常性(ホメオスタシス)を維持しています。
しかし、このホメオスタシスは生体が重度の侵襲(強いストレス)にさらされると非常に不安定となり,“腸管不全”となることがわかってきました。

生体侵襲(強いストレス)が起こると、主に次の2つが原因で腸内環境が悪化します

  • 腸内細菌の変化(=dysbiosis):腸内細菌叢が変化する。
  • 腸管細胞の変化:腸上皮細胞のアポトーシスが増加し、腸管壁の透過性が亢進する。

Dysbiosisの3つの特徴

病原微生物が優位を占めるようになる

腸内細菌の毒性は増す

共生細菌の数が減少する。

酪酸,プロピオン酸,酢酸などの短鎖脂肪酸など細菌の栄養源は著しく減少する

微生物叢の多様性が失われる。

酪酸塩を産生する細菌種は重症病態では著しく減少→上皮細胞の消失,粘膜耐性,バクテリアルトランスロケーションと関連。さらに脂質,核酸,ATP合成など,細菌にとって重要な栄養素のリン酸塩も減少→種々の細菌がより毒性を増すことが示されている。
これらの変化は、さまざまな侵襲,例えば敗血症,外傷,熱傷などの後1時間以内に起こるダイナミックな変化で,1ヵ月以上も持続します。

さらにdysbiosisは腸管の蠕動を低下させることがわかってきています。腸管運動の低下は、腸内細菌叢を悪化させますので、これにより負のスパイラルが持続すると考えられます。

その他:薬剤の影響も大きく、特にオピオイドは微生物叢を変化させ毒性が増強することが示されています。

Disbiosisは以下の3つの疾患の危険因子となることもわかってきています。

AKI(acute kidney injury gut–kidney axis )

:炎症や低灌流の結果として発症すると言われており、微生物叢が産生する短鎖脂肪酸は,炎症過程を修飾してミトコンドリア機能を回復することにより,虚血再灌流による腎障害を改善させると言われています 。一方,糖化の最終産物や,フェノール,インドールなどの微生物産生物質は腎障害では蓄積され,さらなる腎障害を進行させると言われています

ARDS(acute respiratory distress syndrome )

:腸管由来のDAMPs.damage-associated molecular patterns(ダメージ関連分子パターン)がARDSの進展に重要な役割を持つの進展に影響を及ぼすと言われています。動物実験では、腹膜炎の動物モデルの腸間膜リンパを結紮することによりARDSを抑制することがわかりました。

せん妄

: 微生物叢は中枢神経系に“gut–brain axis”を介して影響を与え,不安,うつ,認知力,内臓痛などに影響を与える

重度の侵襲(強いストレス)下における腸管細胞の変化

腸管上皮細胞

腸上皮のアポトーシスを著明に増加させると同時に陰窩の分裂を減少させる 。これにより吸収能が低下し細胞間隙の透過性を亢進。

腸管タイトジャンクション

腸管のタイトジャンクションはジャンクション周囲のアクチン・ミオシンリングと密接に関連しており,細胞間の透過性を調節しているが、タイトジャンクションのタンパクの変化は侵襲後1時間以内に観察され,腸管のバリア機構の破綻は48時間持続する。

腸管粘液

粘液は細菌を防ぎ,毒素性のメディエーターを分解することによりバリア機能を調節する役割を持つ 。
小腸の粘液は1層の半透過性の層であり,病原性の分子は剝脱した粘膜とともに流され他の便中物質とともに排泄される。
結腸の粘液は2つの明確な層からなり,内層は管腔内の細菌を全く透過させない 。粘膜層は重症病態では崩壊し,上皮細胞の機能不全をもたらす。

腸管免疫系

腸管には微生物世界を常に監視し,生体に有用なものと異物とを選別するサーベイランスとエフェクターの機能を有する免疫系が存在する。パイエル板では上皮細胞と共同して,抗原提示細胞/T細胞の相互作用を調節し,活性化したT細胞から各種サイトカインを放出する。

微生物叢の回復

経腸栄養

lTPNにより経腸栄養と同等のカロリーを投与することは可能であるが,決して同義ではない。TPNの投与は腸管の透過性を亢進させ,パネート細胞の機能を強化させ,FirmicutesのBacteroidetesに対する比を減少させる 。※ヒトの共生微生物は大きく4つの門(Firmicutes,Bacteroidetes,Actinobacteria,Proteobacteria )からなり、大半はFirmicutesとBacteroidetesの2つの門に集約され,年長者ではFirmicutesがBacteroidetesに対し比較的大勢を占める

周術期に経腸栄養を施行しないと,T細胞やIgA産生細胞,樹状細胞などの腸管リンパ系の細胞数が減少する。これらのことから可能ならばTPN単独ではなく,少しでも腸管を機能させるために経腸栄養を行うことが,腸内微小環境を保持するうえで必要である。

プロバイオティクス

メタ解析では術後患者や外傷に関しては感染性合併症やICU在室日数を減少させることが報告されている。人工呼吸器関連肺炎に関しては発生率を低下させる効果はある。転帰の改善効果を見いだすには至っていない。なお2016年の米国集中治療学会・栄養学会のガイドラインにおいて推奨度は弱いが記載されている。