腸内細菌

1700年頃〜1950年以前まで

  • 1700年頃、Leewenhoekが自家製の顕微鏡でヒトの糞便を観察し、多数の腸内菌を発見したのが最初
  • Pasteur(1822–1895)によって滅菌法が考案 Koch(1843–1910)による純粋培養法が開拓
  • 1886年には大腸菌(Escherichia coli)が分離
  • コレラ菌(Koch,1883)、チフス菌(Gaffky,1884)、志賀赤痢菌(志賀,1898)などの病原菌も発見
  • 1899年,パストゥール研究所の Tissierは母乳栄養児の糞便からビフィズス菌(Bifidobacterium)をはじめて分離。Tissier H. 1900. Etude sur la flore intestinale des normale nourissons (Etat normal et pathologique). Garré et Naud. Paris. 
  • その翌年、1900年、オーストリアの Moroが人工栄養児の糞便からアシドフィルス菌 (Lactobacillus acidophilus)を発見した。Moro E. 1900. Über den Bacillus acidophilus n. sp. Jahrb Kinderheilk 52 : 38–55. 
  • 1907年、ロシアの生物学者Metchnikoffは、著書 “The Prolongation of Life”執筆:ブルガリア地方に長寿者が多く、しかもそこでヨーグルトを愛飲していることに注目し、ヨーグルトを摂取することにより、腸内の腐敗細菌を駆逐し、長寿を保つことができると考え、酸乳の飲用を推奨した。Metchnikoff II. 1907. The prolongation of life. Optimistic Studies. Springer Pub. Co. New York. このとき,“プロバイオティクス(Probiotics)” すなわち「健康のために摂取する微生物」の概念が誕生したとみることができる。

1950年以降

腸内菌叢を構成する乳酸菌や嫌気性細菌の1950年頃までの分類については、以下の3著が有名

・Orla-Jensen S. 1919. The Lactic Acid Bacteria. Host and Son. Copenhagen. Orla-Jensen S. 1943.
・Die echten Milchsäurebakterien. Ejnar Munksgaad. Copenhagen. 
・Prévot AR. 1940. Manual de classification et de détermination des bactéries anaérobies, 2nd ed. Masson and Co. Paris. 

腸内における細菌を集団として捉えての研究、すなわち腸内菌叢の研究は、1950年代になってはじまった.

越智勇一,光岡知足.1958.腸内細菌叢とその存在意義.日本獣医師会雑誌 11 : 1–7.
越智勇一,光岡知足.1958.腸内細菌叢とその存在意義 (Ⅱ).日本獣医師会雑誌 11 : 49–53.
越智勇一,光岡知足.1958.腸内細菌叢とその存在意義 (Ⅲ).日本獣医師会雑誌 11 : 97–101. 

光岡知足らの研究は腸内菌叢の培養法の検討から始められ、まず、ブドウ糖血液肝臓(BL)寒天を開発し、この培地を用いて成人の糞便を嫌気性培養したところ、Bifidobacteriumや Bacteroidesなどの偏性嫌気性菌が最優勢であるという当時の医学細菌学の常識となっていた「乳児の腸内ではビフィズス菌(Bifidobacterium) が最優勢を占め、成人では大腸菌(E. coli)やアシドフィルス菌(L.acidophilus)が優性である」こととは全く異なる結果が得られた。同時にドイツのHaenelらも同様なことを発見していた。

このようにして,ヒトおよび動物の腸内菌叢を構成する最優勢菌が Lactobacillusまた、Bifidobacteriumを含む嫌気性細菌であることが明らかにされて、それまでの成人の腸内にアシドフィルス菌(L. acidophilus)大腸菌、腸球菌が最優勢であるという19世紀末からの 考え方は、完全に改められた。1962年、アメリカのRoseburyは、世紀末から1960年代初頭にかけての腸内フローラについての研究業績を“Microorganisms Indigenous to Man(ヒト固有の微生物)”と題する著書にまとめた。Rosebury T. 1962. Microorganisms Indigenous to Man. McGraw-Hill, New York. この著書は、Savageの “Microbial biota of the human Intestine: a tribute to some pioneering scientists(ヒトの腸内菌叢:先駆的科学者への賛辞)”と題する総説 の冒頭で、「正常菌叢研究の初期である 19世紀末から1960年代初頭に至るまでの研究に関する優れた総説」と紹介されている.

腸内フローラを構成する主要菌群

腸内フローラを構成する主要菌群は、ヒトも動物も共通している

乳酸菌(一部は通性嫌気性菌 )

Bifidobacterium、Lactobacillus、 Enterococcusを含むStreptococcusなど

嫌気性菌群

ubacterium、Ruminococcus、Clostridium、Bacteroidesなど

好気性菌群

Streptococcus、Enterobacteriaceaeなど

これらの菌群のうち、乳酸菌群および嫌気性菌群は、近年になってはじめて培養・検出できるようになったこともあって、その分類はほとんど進展していなかった。

最優勢菌叢を構成する菌群(Ⅰ群)

正常腸内菌叢の最優勢菌叢を構成する菌群(Ⅰ群)

宿主との間の長い進化の歴史の過程で高度の適応・馴化をかち得たもので,動物種特異性が強く、宿主の防御機構によって 排除されることなく、一生にわたって密接な関係を保ち、一種の共生関係まで成立していると考えられる。

中等度の菌数に留まる菌群(Ⅱ群)

動物の出生後まもなく出現し、最優勢菌叢を構成するが、まもなく次に出現する菌群と交代するかのように減少し、以後中等度の菌数に留まる菌群(Ⅱ群)

宿主の健康状態が悪くなったとき増加する傾向のあるE. coli、Streptococcusが含まれる。

病原性を発揮することのある菌群(Ⅲ群)

“opportunistic infection日和見感染”を起こし病原性を発揮することのある菌群(Ⅲ群)

腸内菌叢の中では少数派に属し、C. perfringens, Enterobacteriaceae (病原株)Pseudomonas aeruginosa、Staphylococcus aureusなどはっきり病原菌の範疇に属するもので、宿主の免疫力が低下すると、防御機構を破って他の臓器に侵入する。

出生後の腸内細菌叢の変動

出生後初めて排泄される胎便は通常無菌であるが、その3~4時間後には、すでにStreptococcus、E. coli、Clostridium、酵母などが出現し、哺乳後、細菌数は急激に増加し、生後1日目には ほとんどの新生児の糞便内にE. coli,Streptococcus、Lactobacillus、Clostridium、Staphylococcusが認められるようになり、総菌数は 10の11乗/g以上に達する.母乳栄養児では通常、生後 3日目ごろBifidobacterium、が出現しはじめこれに対し、すでに出現した菌群は減少しはじめ、4–7日目にはBifidobacteriumが最優勢となり 10の10乗~ 10の11乗/gに達し、E. coli、Streptococcus、 Staphylococcus、Bacteroides、C.perfringensはBifidobacteriumの100分の1程度の菌数に抑えられて、Bifidobacteriumは全菌叢の100%近くを構成するようになり、7日目ご ろには腸内菌叢のバランスはほぼ安定する。乳児が離乳食を摂るようになると、腸内菌叢はグラム陰性桿菌優勢の成人のパタ-ンに近似してくる。同時に、Bifidobacteriumの菌種・菌型のパタ-ンが、主として B. infantis,B. breveから構成される乳児型から B. longum,B. adolescentisから構成される成人型に移行する(Mitsuoka T, Hayakawa K, Kimura N. 1974. Die Faekalflora bei Menschen II. Die Zusammensetzung der Bifidobacterienflora der verschiedenen Altersgruppen.
Zbl Bakt Hyg I. Orig A 226 : 469–478.)。

Bifidobacteriumの由来と伝播について東京都内3ヶ所の産院で出産した乳児のBifidobacteriumの菌種・菌型を調べたところ、各産院でそれぞれ特有な菌種・菌型がすみついていることが明らかであり、一方、家庭で出産した乳児ではこの傾向はみられなかった.この事実はそれぞれの産院で特定のBifidobacterium菌株が、産院の空気、看護師の手指、哺乳びんなどの器具によって、乳児から乳児に伝播していると考えられる(Mitsuoka T, Hayakawa K, Kimura N. 1974. Die
Faekalflora bei Menschen II. Die Zusammensetzung der
Bifidobacterienflora der verschiedenen Altersgruppen.
Zbl Bakt Hyg I. Orig A 226 : 469–478.)

腸内細菌と蛋白質代謝〜パプア・ニューギニア高地人の例〜

パプア・ニューギニア高地人は、主食のサツマイモを1日約 1120 gも摂取し、動物蛋白質の摂取量はわずか 28 gでありながら,筋骨たくましいのは,ある種の腸内菌の空中窒素固定によって蛋白質が合成され、それを利用しているのではないかという仮説が提案されている (Oomen HAPC. 1970. Interrelationship of the human
intestinal flora and protein utilization. Proc Nutr Sci 29 :
197–206.)

腸内細菌叢に関する研究が活発になるまで

1945年の Reyniers一派による無菌動物の開発によって ,ノートバイオートの実験が可能 となり(Koopman JP, Prins RA, Mullink JWMA, Welling GW, Kennis MR, Hectors MPC. 1983 Association of germfree mice with bacteria isolated from the intestinal tract of “normal” mice. Zeitschrift für Versuchstierk 25 : 57–62.)、Gordon(Gordon HA, Pesti L. 1971. The gnotobiotic animal as a tool in the study of host microbial relationships. Bacteriol Rev 35 : 390–429.)は、無菌マウスの寿命が普通マウスよりもかなり長いことを明らかにし、腸内菌叢が宿主の老化や寿命にとってはむしろ有害に働いていることを示唆した。また1964年、Laqueur(Laqueur GL, Michelson O, Whiting MG, Kurland 1963. LT.Carcinogenic properties of nuts from Cycas circinalis L. indigenous to Guam. J Natl Cancer Inst 31 :919–951.)は、ソテツの実 のなかに含まれるサイカシンをラットに食べさせると腎臓その他の臓器に癌をつくるにもかからず、無菌ラットには癌ができないことを発表し、サイカシンそれ自体には発癌性はないもかかわらず、腸内菌がこれを発癌物質に変換するため癌が発生することを証明したのがきっかけとなり、腸内菌叢の代謝研究が活発となった。

Midtvet T, Johansson G, Caristedt-Duke B, Mdtvedt AC, Norin DE, Gustaf-sson JA. 1990. The effect of a shift from a mixed to a lacto-vegetaarian diet on some intestinal microflora associated characteristics. Microbiol Ecol Health Dis 3 : 33–38.

Gustafsson BE, Midtvedt T, Normal A. 1966. Isolated fecal microorganisms capable of 7α-dehydroxylating bile acids. J Exp Med 123 : 413–432.

Rowland IR, Wise A, Mallett AK. 1983. Metabolic profile of faecal microorganisms from rats fed indigestable plant cell wall components. Fd ChemToxicol 21 : 25–29.

Rowland IR. ed. 1988. Role of the Gut Flora in Toxicology and Cancer. Academic Press, London

腸内細菌と疾病との関連に関する研究の起こり

やがて,先進国に飽食の時代が到来し、平均寿命が伸びたためもあって、死因として、癌と心臓病が急増し、その原因が欧米型食餌、すなわち、高蛋白質・高脂肪食にあることが指摘され、ここに腸内菌叢と疾病との関係の研究がはじまった。

Benno Y, Suzuki K, Narisawa W, Bruce R, Mitsuoka T.1986. Comparison of the fecal microflora in rural Japanese and urban Canadians. Microbiol Immunol 30 : 521–532.

Benno Y, Endo K, Mizutani T, Namba Y, Komori T, Mitsuoka T. 1989.Comparison of fecal microflora of elderly persons in rural and urban areas of Japan. Appl Environ Microbiol 55 : 1100–1105.

Drasar BS, Shiner M. 1969. Studies on the intestinal flora. II. Bacterial flora of the small intestine in patients with gastrointestinal disorders. Gut 10 : 812–819.

Drasar BS, Jenkins DJ, Cummings JH. 1976. The influence of a diet rich in wheat fibre on the human faecal flora. J Med Microbiol 9 : 423–431.

Cummings JH, Hill MJ, Jenkins DJA, Pearson JR, Wiggins HS. 1976. Changes in fecal composition and colonic function due to cereal fiber. Am J Clin Nutr 29 :
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辨野義己,光岡知足.1985.発癌因子としての腸内フローラ―ヒトの腸内フローラに及ぼす食餌成分の影響.光岡知足:腸内菌叢研究の歩み 123

光岡知足編,腸内フローラと成人病,p.29–63,学会出版センター.東京.

Hayakawa K, Mizutani J, Wada K, Masasi T, Yoshihara I, Mitsuoka T. 1990. Effects of soybean oligosaccharides on human faecal flora. Microbial Ecol Health Dis 3 :
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